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まわりの みんな と わたし のハッピー瞬間のつくりかた

私はSLEなのか?2015年12月発症の蕁麻疹

2015年12月頃から出始めた蕁麻疹。 ストレスなのはわかっていました。仕事とプライベート。本当にリラックスできる場所がなかったのです。 皮膚科へ行くと、ストレス性の蕁麻疹と診断されました。治るのは時間がかかるとも言われ、エバステルというお薬を処方されました。飲み続けて3ヶ月ほどたったころ、2016年3月に妊娠していることがわかりましたが、診断された2日後に出血が始まり流産となりました。 この流産の後から、無理をしないようにし始めたところ、仕事を休むことがふえました。実際疲れやすくなりました。 そんな中、2016年5月頃、突如現れた足裏と足指の腫れと痛み。脚立を登ったり、爪先立ちしたり、、、足裏を圧迫でもしてみたら、圧迫部分は数時間後にもなれば、腫れて熱を持って痛み出すのです。翌日の朝、悪化している時もあれば、別の箇所が腫れて痛くなっている時もあり、「何故?」と思いつつも、緩めの靴を履いて、痛みに意識を持たないようにしていれば、仕事に行くこともできていたため、放置していました。 つづく。

私はSLEなのか?今までの過去を振り返ってみました。

2017/7/24(月)の診断。

膠原病専門医院で全身性エリテマトーデスの可能性があるとのことで、血液検査•尿検査をすることになりました。

 

「全身性エリテマトーデス(SLE)」

※参照: http://www.nanbyou.or.jp/entry/53

ネットに詳しく載っているから調べてみて、と言われ色々調べてみました。

 

SLEの似た症状を、遡って記録してみます。

 

2011年11月

極度のストレスで食事と睡眠がとれなくなり、10日間ほどで体重が8キロ減りました。身長160cmで体重35キロ。ガリガリになっていましたし、顔に赤い出来物がたくさんできて、顔が真っ赤、ムズムズ、汁が顔の皮膚表面で固まっているという非常に残念なお肌になっておりました。ちなみに、ストレスの原因は主人の浮気発覚〜離婚成立までの極度な精神的負担。

 

咳がずっと止まらないため、総合病院で血液検査をしました。確か白血球の数値が低く、膠原病の疑いが持たれ、半年後また膠原病の検査を受けるようにと言われた記憶がある。

 

咳も止まり、体重も食欲も戻り、睡眠も取れるようになったので、回復していると思い、検査は受けなかった。

 

ただ、お肌の状態がひどく回復傾向になかったので、皮膚科を受診しました。

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写真は、2014年の2月か3月。

(二年半このお肌で生活していました。)

エステティシャンだったため、薬に頼らず自分の知識で治そうと思っていましたが、断念して皮膚科へ。「酒さ」という皮膚病であると診断され、抗生物質を2015年5月頃までの一年半弱飲んでいました。このころの自分の顔を思い出すと、SLEの蝶型紅斑の症状と重なりますが、関係あるのか、ないのか???

 

 

つづく。。

許せないことを許すことで自分を救う

自分のために、許せない人に対する「思考」をストップさせること。

生活していれば、怒ること、許せないことにぶち当たることもある。

充分に怒っていい。許せない気持ちを味わい、泣いていい。でも、怒りと許せないことを考える「時間」と「エネルギー」は何より自分自身を壊していってしまうことを覚えておくこと。許せないことばかりを考えている自分に気づいたら、直ぐにその「思考」を止めて、別のことに意識を向けること。結局は、自分のために「許す」ことを決意して、もっと自分にとって意味のあること、「ハッピーなこと」に「時間」と「エネルギー」を費やした方が自分にとって良い人生となる。

<参考記事>

https://matome.naver.jp/m/odai/2140626606747471801/2140627661557472303

13歳の娘がスクールバス内で射殺され、母親は法廷で娘の殺人犯と顔を合わせ、信じられない行動をとって傍聴人たちを驚かせた。娘の殺人犯である若い男に近づき、抱きしめたのだ。

「憎しみの連鎖」から唯一の解決方法は、「赦す」ことしかないのです。彼女は自分のために犯人を許すと決めたのです。彼女はとても偉大です。

自分が相手を恨み続ける人生は自分を苦しめるとことだわかっていたのでしょう。